卒業生のその後
京都外国語大学に進学!

西角 龍一さん(2008年度奈良分室卒業)
京都外国語大学
通信制単位制高校のイメージ、それは決して良い物ではありませんでした。しかし、長尾谷高校はこのイメージを覆してくれました。実際、大学入試は自分の力だけで頑張らなければならないのだと考えていました。しかし、長尾谷高校は大学を目指す生徒たちに特別な授業を設けてくれて、そのおかげもあり、今、京都外国語大学に通うことができているのだと思います。又、長尾谷高校の学校生活に於いても、“生徒”としてだけでなく、“個人”として見てもらえたのが僕は大変うれしかったです。生徒一人一人の個性を尊重し、育てていただいたおかげで、高校卒業もでき、今は大学で自分の興味のある分野を学ばしていただいています。
大学生活はとても楽しく充実しています。色々な人に出会え、色々な刺激を受ける毎日を通じて、世界観を広げていき、又、言語を通しての世界平和を実現できるようになりたいです。
ミュージシャンとして活躍!

服部 良夢さん(2008年京都分校卒業)
私は4歳から音楽との生活を始めました。13歳で作曲部門にて日本代表となり、努力で着実に道を切り開いていましたが、大人達の期待や自らのプレッシャー、自由のない生活に耐え切れず、音楽科高校を中退し、全てを投げ出しました。そこで巡り逢ったのがバンドと長尾谷高校です。ここでは『大勢の生徒達が各々の想いを抱え頑張っている』ということが私にとって大きな活力となり、また『自由だからこそ強い意志と惜しみない努力は絶対に必要だ』という事を学びました。
転入をきっかけに再び音楽と向き合いバンド活動に熱を入れ、全国ツアーやライヴ、楽曲制作、レコーディング、CDリリース、テレビやラジオのレギュラー出演等、HAGのヴォーカリスト、一人のアーティストとしての生き甲斐を見つけました。もう一度“音楽と共に在る道”を与えてくれた長尾谷高校、支えてくれた仲間や先生方に本当に感謝しています。
専修大学に進学!
川崎 智恵美さん(2007年度卒業)
専修大学 文学部
私の場合は試験が小論文と面接でした。小論文はとにかく書くことが大切だと思いました。たくさん書いていると、いろいろな表現の仕方も覚えるし、次の展開がすぐイメージできるようになったりします。毎回毎回学校で先生に小論文をみてもらって、丁寧に教えてもらいました。すごく心強かったし、おかげで本番の試験のときもそんなに苦労しないで書くことができました。面接では、なぜその大学を選んだのか、大学に入って何をしたいのかなどを聞かれます。言いたいことをただ覚えるだけだと相手に伝わりにくかったりするので、先生や友達にどんな風に伝わったか、感じたかなど聞いてみるのもいいと思います。やはり1番は自分の気持ちをどれだけ面接官に伝えられるかだと思います。最低限のマナーや言葉遣いなどは大切だと思いますが、自分の言葉で相手に伝えるのが1番だと思います。マニュアルどおりのお堅い感じの答えは面接官も聞き飽きているので、それよりは自分の言葉で表現した方が相手にしっかり伝わると思います。ポイントは1.大きい声で2.はっきりしゃべる3.ときどき笑顔!ができていれば最初の第一印象はバッチリです。
大学では新しいことにチャレンジする機会がすごくたくさんあります!自分次第で、すごく充実した生活を送ることができます!私はいろんな人に出会って、いろんな新しいことだらけで、いろんなことがあるけど、今の大学に入って本当によかったと思っています。みなさんも今を頑張って乗り越えてください!今を頑張れば必ずあとには良いことがあります!
神戸学院大学に進学!
脇園 誠十勇さん(2007年度卒業)
神戸学院大学 法学部
今振り返れば、本当にあっという間の高校時代です。大学受験を考えているのであれば、何のために大学へ進学したいのか、何をそこで学びたいのか自分に問いかけてみて下さい。推薦入試を希望するなら、それらを出願書類または面接で伝える必要があるからです。
私は、小学5年生からサッカーをしており、前籍校は特技特待生での入学でした。勉強もサッカーもそれなりの成績で、その期待に個人的には十分応えていたと思います。が、結果を追求すればするほどスキルアップを図りたいという気持ちが強くなりました。それが強い相手と対戦して体を張る場面が増えるごとに。そして福岡の実家を飛び出し、サッカーが思いっきりできる環境で自分を試すことに決めました。長尾谷高等学校京都校へ転学し、兄の住む西宮から通うことにしたのです。
サッカーは茨木にある専門学校(当時長尾谷高等学校と提携していた)のグラウンドで年上ばかりの中、練習に励みました。特に冬の朝は辛かったです。茨木のグラウンドまでバスの便数が少ないので、西宮を6時前には出なければ練習に間に合いません。まだ真っ暗な中、兄お手製のオニギリを食べながら電車に乗り込んだこともありました。そのまま寝てしまい気付けば空港近くまで乗車していたこともありました。
当時、大学生の兄が西宮にいたとはいえ、親を説得し福岡から入り込んだわけです。簡単には辞めることはできません。意地もありました。弱い自分と強がる自分の葛藤の延長で兄弟喧嘩もたびたびしましたが、あの時ほど親や兄そして仲間のありがたさやぬくもりを実感したことはありません。父は「夢は念じれば必ず叶うもの、叶う様に努力し、簡単にあきらめてはいけない」が口癖でしたが、その様な中で大学入学はゴールではなく夢を実現するための第一歩であることに気付きました。
大学選びが始まりました。その頃、マスコミなどで少年犯罪を耳にすることが多く、司法を学びたいという気持ちがありました。「法学+サッカー!」を考え、ホームページなどで下調べを行った後、オープンキャンパスへ大学の雰囲気を直接肌で感じに行きました。
ヴィッセル神戸との提携講座をもつ大学が指定校推薦で受験できることがわかり、そこの法学部を受験することに決めました。先生方には、志望理由書の添削や模擬面接等で細かく指導していただきました。それと並行して法学に関する単語を拾い集めパソコンなどで意味を調べ面接などで聞かれても良いように準備しました。
自分が今、熱中できることは何か。そして何に取り組んでいるときが一番楽しいか。まずそこを見つけ出し、次にそれを長く続けるためには何が必要かを考えてみてください。大学選びのポイントになるのではないでしょうか。
大学入学後すぐサッカー部に入りましたが、古傷のひざを痛めてしまい今後はプレイヤーとしてではなく、指導者としてサッカーを通して子ども達に接することができればと考えています。そして子ども達と関わる中で、身近に起こりうる少年犯罪の裏の部分も探求していきたいと思っています。
早稲田大学に進学!
八木 英矩さん(2006年度卒業)
早稲田大学 社会科学部、中京大学 総合政策学部
私は高校時代、テニス部員として練習に打ち込む毎日を送り、自己推薦入試で早稲田大学へ入学しました。そこで、私から推薦入試を受けられる方々へのアドバイスは次の3点です。第1に、自分の打ち込めるものを見つけ、受験期間までやり続けてください。私の場合はテニスでした。練習の過程でたくさんのことを学び、自分に自信を持つことができるようになりました。私は、自身の希望する進路を含め成功を収めるためには、この「自信」というものが不可欠だと考えています。進路を決定しなければならない日が来る、そのことを意識はしていても具体的には何をしていいかわからずに、時間だけが過ぎてしまうというのが現実ではないかと思います。そのため、第2に1人で考えず、できるだけ早く、多くの信頼できる人に相談することをお勧めします。特に、推薦入試の場合は願書の締め切りが早いため、その意識を持ってください。また、そうすることで付け焼刃ではない進路決定ができるのではないかと思います。第3に、いざ受験期間ですが、私の場合、今までの人生の中でもっとも過酷でした。正直にお話しすると、早稲田大学に合格するまでに何校かを受験しましたが、1校を除いて全て書類選考で不合格でした。しかし、私は一度も私の中にあった動機付け(モチベーション)を曲げず何度も立ち上がりました。
受験期間はつらいことがたくさんあるけれど、最後まであきらめずにモチベーションを保って最後まで走りぬけることが大切だと思います。そして、できるだけ多くの人に自分の進路を相談して決めること!
奈良大学に進学!
播磨 直子さん(2006年度卒業)
奈良大学 文学部 国文科、帝塚山大学 人文科学部 日本文化学科
私が長尾谷に在籍していた一年半という期間は、長かったような短かったような・・・そんな曖昧で不安定な、けれど自分の進路を自分で決めた、大切な時でした。
当時私は、集団行動があたりまえ、染髪・ピアスにバイクは厳禁、毎時間が小テストで、7時限まで授業のある、そんな全日制の高校から突然通信制という、あまりにスタイルの違う学校に編入したため、漠然とした不安を抱えたまま、長尾谷に通っていました。目的もわからず、とりあえずと学校に通っていた私が自分の進路について少しずつ考え始めたのは、初めてのバイト先で、専門学校や短大に通う人たちに、学校の話を聞いたのがきっかけだったと思います。そこから親の体験を聞いたり先生方のアドバイスを受けたり、オープンキャンパスに参加したりと、できることから少しずつ取り組み、自分の希望する大学を決めることができました。4月から始まった新しい学校生活では、レポートやテスト、課題など大変なこともたくさんありますが、自分の好きな内容の講義を受けられる喜び、そして何よりそこでしか得られない、たくさんの友達と出会うことができました。
在校生の皆さんの中には、将来何をしたらいいのかわからず、自分の進路について悩んだり不安に思っている方もおられると思いますが、やりたいことを見つけるために進学するというのも、1つの道であり、前進でもあると思います。今ある自由な時間は、何事にも代えられない、とても貴重でかけがえのないものだということを忘れずに、まずは焦らないで、日々の授業やレポートに、真剣に取り組んで下さい。バイトでも遊びでも勉強でも、その貴重な時間を大切にして下さい。そして何より高校生活を楽しむために、友達を大切にしてほしいと思います。できることから少しずつ、自分の夢に向かって頑張って下さい。
近畿社会福祉専門学校に進学!
札埜 真弓さん(2006年度卒業)
近畿社会福祉専門学校
自分を見失い、「生きる」とは何なのかと悩んだ時期があります。
私が長尾谷高校へ入学したのは二十三歳。アルバイトをしていた際、もっと直接的に人と関わる福祉関係の仕事に就きたいと考え、高卒資格を取ろうと思い立ってのことでした。
現在、私は介護福祉士を目指して専門学校へ通っています。はじめ、年齢的に学校生活になじめるか不安は大きかったのですが、友だちもでき、有意義な日々を送っています。夏には第一段階実習を体験し、高齢者の方たちとの貴重な出会いもありました。実習中身体的にも精神的にも大変でしたが、同じ目標をもつ仲間とはげまし合い、無事に乗り切ることができました。施設行事のボランティアや学校行事への参加は、新鮮で学べるものが多く、視野も広がります。幅広い年齢層のさまざまな個性をもったクラスメイトと接するなかで、常に新しい刺激を受けて毎日を過ごしています。
長尾谷高校で進路を決定するまで、進学か就職かで随分迷いました。今は、そのときの選択を後悔していません。専門学校での生活を通し、困難にぶつかって立ち止まっても、目をそらさずに向き合う勇気を教えてもらえた気がします。どうしようもない現実が目の前にあったり、人の言葉に傷つけられたり、絶望的な気持ちに襲われたとしても、経験や出会い、そういった全てが自分につながっているとするなら、この瞬間を大切に私は生きたい。今ここに存在しているということ、生きているということ・・・あるがままを受け入れるのは、時に痛く重いけれど、前よりも強く、未来を見てみたいと思うようになりました。
人と出会い、多様な価値観に触れ、自身の心を見つめながら、介護福祉士になるための道を一歩一歩踏みしめて進んでいきたいです。
難病を抱えながら50歳で入学そして大学へ

服部 道子さん(2005年3月卒業)
関西大学 文学部
50歳で高校進学
私が長尾谷高等学校に入学したのは、2002年4月、50歳の時でした。その2年前のこと「原発性肺高血圧症」と言う難病宣告を受けていたのですが「たった一度の人生だから残りの人生を有意義に生きよう」と決意し、かつて家庭の事情で行けなかった高校進学を決めました。学力、年齢、病気の進行等の不安はありましたが、前向きにトライすることに決めました。
支えてくれた先生、そして友達
学力面では先生方の熱心なご指導や、日々の努力で乗り越えることが出来ました。また病気の面では私が勉強したいと言う気持ちを理解してくれたようで、進行も余り見られませんでした。
そして年齢の差を埋めるのは無理だろうと覚悟してたのですが、直ぐに普通の同級生として接してくれた友人達は何よりもの私の励みでした。
私が全国高等学校定時制通信制生活体験発表大会に出場して賞を受賞した時に手作りのケーキとお好み焼きでお祝いしてくれたことは忘れられない思い出になってます。素晴らしい先生、友人に囲まれながら過ごした3年間は「今まで生きてきた中で一番に幸せな時間」だったと思います。
目標を持って
今、私は関西大学文学部総合人文学科の一回生として高校同様に年の離れた新しい仲間と「学び」を求めて大学生活を続けています。最近、気付いたことは勉強とは自分を充実する為にするものだと思うようになりました。
これからも多くの出会いを大切にして何事にも負けずに前向きに目標を持って生きて行きます。長尾谷高等学校は私に勇気、希望、喜びを感じさせてくれた命の湖のような場所でした。最後に僭越ながら後輩達に「人生はありがたいものです。君達の未来の為にチャンスは無限大に与えてくれます。Do your best!」
























